熊本城 本丸御膳

熊本城について

安土桃山時代末期から、江戸時代初期にかけて加藤清正公が築いた熊本城は、「清正流(せいしょうりゅう)」と呼ばれる石垣の上に御殿、大小天守、五階櫓などが詰め込んだように建てられ、一大名の城としては「日本最大級」であるとの評価があります。

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熊本城

 

細川氏の居城となった後も盛んに改築が行われ、明治時代の初めまでは大半の建物が撤去されずに現存していましたが、歴史の流れと共に撤去や改変が行われ、西南戦争で一部の建物をのこして天守を含む御殿や櫓など主要な建物を焼失しました。

しかしながら、加藤清正公が築いた石垣は、1889年(明治22年)の地震でその一部が崩落し、改修された部分があるものの、ほぼ江戸期の痕跡をとどめているようです。

1960年(昭和35年)には築城350年と国体開催を期に大小天守と一部の櫓が外観復元されました。

そして、2007年(平成19年)には築城400年を期に、本丸御殿をはじめ、西出丸の堀、戌亥櫓、元太鼓櫓、などの建造物も数年かけて復元されました。

また、熊本城の西側に広がる二の丸広場は、いろいろな催し物が開催され、市民の憩いの広場となっています。

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熊本城全景

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本丸御殿 昭君之間

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市民の憩いの場 二の丸公園